家康を支えた異国人(日本橋長崎館・ヤン・ヨーステン記念碑・ヤン・ヨーステン記念像・リーフデ号像)

らいおん。

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今日、東京はアウェイの長崎で試合を行う。
J1の初昇格を果たし、元東京の徳永が移籍して「絶対行きたい」試合だったけれど・・・年度始めで、しかも日曜日と言う事で社会人には厳しい日程で嫁さんが完全に行けない状態なんで遠征を断念した。

仕事の希望の休みも取らなかったんだけれど・・・今週に入って、ちょっとラッキーなカタチで休日となった。
さすがに今週に入ってから長崎に行く計画を立てるのはお金がかかり過ぎてしまう。。。

なんで、今日はDAZN観戦で東京を応援をする。
ただ、せっかくの長崎との試合なんで、少しでも雰囲気を味わおうと長崎の名物を食べて応援することに。

試合は14時なんで、午前中に長崎のアンテナショップのある日本橋へ。

≪東京さんぽ@八重洲≫

【マグロ解体ショー】

東京駅の八重洲口から歩いて10分くらいで、長崎県のアンテナショップ「日本橋長崎館」へ到着する。

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入って色んな品物を見る。
食べ物はもちろん陶器などもあって、以前行った長崎の旅行を思うだし・・・「長崎行きたかったな・・・」って思ってしまう。。。

長崎館は4月1日からリニューアルオープンを記念したイベントを実施していて、今日は・・・なんと、マグロの解体ショーが行われる!!

なかなかマグロの解体ショーを見る機会が無いんで、時間に合わせて来てみた。
長崎館は売店に併設して軽食コーナーがあり、そこが解体ショーの舞台となっていた。

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マグロ解体ショー
築地にある長崎県漁連から解体職人が来てマグロを目の前で捌いていく。
そこにマイクを使って店の人(?)が色んな話をしてくれる。

今回使っているマグロは養殖生産量日本一と言う長崎県産の65キロのマグロ。

長崎はマグロが小さい時に来る地域で、そこで捕獲し養殖場で育てていけると言う地の利がある。
また長崎の入り組んだ地形が養殖に適していて、他の地域より北にある分育ちがゆっくりだが身の締りがいいとのこと。

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今回のマグロも3年半の間養殖をしたとの事で・・・捌かれて現れる赤みは本当にキレイ♪

マグロの解体は手際よく、ササッと切っていって・・・予想以上に早く終了した。
もっとなんか部位の説明とかあるかと思ったけれど、そこは無く説明の人の話ばかり残ってしまっていた。。。

当初は買っていく予定で無かったマグロ。
ただ、こんなキレイな赤身を見ると、やっぱり食べてみたくなる!!

「販売は12時30分くらいになる予定です」との事。
1時間ちょっと時間があるので、他の物の買い物もその時することにして一旦店を後にする。

【街なか記念碑】

何かするにはちょっと中途半端な時間。
一度東京駅に戻るも、行きたいって所もない。

ボーっと歩いて着いた「八重洲口」。
その時にちょっと気になっていた事を思い出した!!

それは・・・「八重洲」の名前の由来となった外国人の事。
スマホで調べると、八重洲口近くに記念碑があるみたいなんで・・・行ってみることに♪

東京駅八重洲中央口から伸びる道路を進んで、日本橋三丁目の交差点へ。

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日本橋三丁目交差点
ここには「平和の鐘」と言う目立つモニュメントが建っている。
調べたブログには「日本橋三丁目」としか書いてなくて、どこに目的のモノがどの様なカタチであるのか分からない。

交差点に着いて、足元や交差点の四方を確認するも・・・ある感じがしない。
と、道路平和の鐘のある道路の中央分離帯に目的のモノを発見!!

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ヤン・ヨーステン記念碑
ここでヤン・ヨーステンについてのお勉強タイム。


ヤン・ヨーステンはオランダの貿易家で、慶長5年(1600年)4月にオランダ商船「リーフデ号」が難破し豊後(現在の大分県)に漂着した。

オランダを出た時には5隻の船団だったけれど、途中の航路で難破したり引き返したりして日本へたどり着いたのはリーフデ号のみ。しかも百人いた船員へ生き残ったのは二十数名と言う厳しい航海だった。

当初は海賊と思われて牢へ入れられていた船員だったが、誤解が晴れて家康を会見することとなった。

その頃の日本のおける外国との貿易は主にポルトガルやスペインなどカトリックの国々で、彼らは貿易と共にキリスト教の布教活動も行っていた。
彼から先駆的な武器などを購入できる反面、布教と称して信者を奴隷として人を連れ出す事もあり秀吉の時代には「伴天連禁止令」を出して取締まった。

家康も例外でなく、海外貿易は行いたいけれど布教と称して人質を取られることに悩んでいた。
そんなタイミングで現れたキリスト教でもプロテスタントのオランダ人。

彼らは宗教の布教が目的でなく貿易のみで活動している旨を家康に伝え、また今まで海外で力のあったポルトガルやスペインに代わって海外情勢も代わりつつある事も話したと言われている。

家康はリーフデ号から接収した大砲を関ヶ原の戦いで使い勝利し、信用を得たヤン・ヨーステンやウィリアム・アダムス(三浦の所領を得て三浦按針と名乗った)は幕府に召し抱えることに。

ヤン・ヨーステンは国際情勢顧問や通訳で活躍し江戸城下に屋敷を構えて、その場所が・・・今の八重洲。

ヤン・ヨーステンは「耶楊子(やようす)」と呼ばれていて、そこから「八代洲(やよす)」なり「八重洲(やえす)」へと変わったとされている。

ヤン・ヨーステンはその後朱印船貿易で東南アジアへ渡り、本国へ帰ろうとするも叶わず、日本へ帰ろうとする途中で船が座礁し溺死をしてその一生を終えた。



関ヶ原の戦いの直前に漂着したタイミングが絶妙で、そこから家康の信頼を得て江戸幕府の初期に活躍した。

また、海外情勢もスペイン・ポルトガルの時代からオランダ・イギリスの時代へ変わる節目に来たって言うのも大きい。
世界の変化に疎い島国が世界の変化を知ることが出来たのも、ヤン・ヨーステンなどの活躍があったからかもしれない。

そしてオランダにとってもこの後に鎖国政策で他国との貿易をしない中でオランダだけがその貿易の特権を得ていくのも彼らが幕府の信用を得たからだよね。

不思議なチカラを感じるヤン・ヨーステンらの漂着。
そこから今に至る「八重洲」の地名・・・本人は後世まで自分の名前がこーやって残っているとは思っても無かっただろうけどね。

【地下街へ】

ヤン・ヨーステンのモニュメント・・・実はまだあって、それを探しに八重洲口の地下街へ。

他の人のブログに書かれている場所である「外堀地下一番通り」の中心となると思われるメイン・アベニューに到着するも・・・目的のモノが見つからない!!

着けばそこにあると思っていただけに、ちょっと困った。。。
情報を得ていたブログにも「地下一番通り」しか書いてないし・・・。

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通りには江戸時代の八重洲付近の様子を伝える資料はあったけれど、肝心のモニュメントが無い。。。
近くのフロアマップには店舗の情報しかないし・・・もう、こうなったら人海戦術で通りの端っこから歩いていくことに。

北口から進んで、メインアベニューを過ぎて・・・仲通りを越えた先の南口通りの角に目的のモノを発見した!!

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ヤン・ヨーステン記念像
こっちはさっき見たレリーフの顔を立体化した像・・・じっくり見ると、ちょっと怖い感じの像だよね。。。
隣にはヤン・ヨーステンたちが乗ったリーフデ号がどの航路を通って日本までたどり着いたかを紹介している。

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ひっそりとだけれど、こーやって今でも讃えられているオランダ人って少ないよね。

【もうイッチョ!】

地下街の像を探すのにけっこう時間を有してしまった。
今回、急ではあったけれど「ヤン・ヨーステン」を巡る機会だったんで・・・もう一つある関連するモニュメントがあるんで、それを観に行く。

・・・が、その場所が何故か八重洲口方面になく丸の内に!!
よく新幹線を乗る時に使う東京駅だけれど、構内以外のルートはちょっと自信が無く・・・一旦外に出て駅の北側の通って丸の内へ。

そして、ここからが難題だった。
と、言うのもその目的のモノが「丸の内ビル」の横と言う漠然とした情報で・・・大きなビルのどこの辺りかが判らない。

一旦、丸ビル前に着くもそれらしきモノが見当たらない。。。
「あれ?もしかしたら新丸ビルかな?」って思って、次は新丸ビルへ。

何度も紹介していたブログを見て、周りのビルの様子と合わせてみるも・・・なかなかビンゴとなる場所が判らない。
周辺地図を見ると「丸の内オアゾ」と言うのもあって・・・もう日頃馴染の無い場所なんで丸の内だらけに頭の中は大混乱!!

しかも、一つのビルに移動するのに結構歩かされてしまって・・・疲れてきた。。。
でもここまで来たら、何としても観たくなってきた!!

もう一度丸ビルに戻って、こうなったらビルの外周を一周する覚悟で探すことに。
普通メイン通りである皇居へと続く行幸通りにあると思ったけれど・・・見つからず。

じゃあ、新橋へ続く通りを見るも・・・何もない。
そう思っていると・・・

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駐輪場の奥に発見!!

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リーフデ号像
ヤン・ヨーステンらを乗せてきたリーフデ号の像・・・もっと大きいかと思って探していたんで、この目立たなさにビックリした。。。
そして、周りにはお弁当を食べている工事作業の人たちもいて、その人たちの目を気にしながら写真を撮る。

でもこの船が奇跡的に豊後に漂着していなかったら・・・関ヶ原の戦いの早期決着も無かったかもしれないし、プロテスタントの人たちの訪日ももっと遅くなって出島貿易みたいな形の鎖国では無かったかもしれない。

そう思うと、この一艘だけだけれど、日本の歴史を大きく変える役割を背負った船だったんだなって感じた。
重要な事件であったのに、この像の扱いに・・・ちょっと残念な感じもしたね。。。

【再び長崎館へ】

最初は持て余しぎみに感じていたマグロの販売までの時間だったけれど・・・なんだかんだで販売すると言っていた予定の12時30分までギリギリな感じ。

足がパンパンだけれど、急ぎ足で長崎館へ戻る事に。
ホント、なんでリーフデ号の像だけ丸の内にあるの?って感じ。。。

長崎館に戻ると、もう解体したマグロの販売が行われていて・・・なんと、200gのサクが700円!!
こんなに安くマグロを買える機会もなかなか無いんで、思わず2パックを購入。

そしたら「せっかくなんで・・・」と購買意欲が湧いてきてしまい・・・和牛や一口餃子、五島うどん、ハトシなども買ってしまった。。。
こんなに美味しい物が多い長崎・・・ホント、遠征に行けなくて残念すぎる。。。

帰って試合の時間もあるんで、中央線に飛び乗って帰路に。

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東京を長崎の試合を観ながら食べるのは・・・もちろん新鮮なうちに食べたいマグロのお刺身♪
サラダは野菜の下に皿うどんがある「長崎風サラダ」で、小鉢が長崎館で買った「ソフトたこマヨスティック(杉永かまぼこ)」。

マグロはもちろん新鮮で、箇所によって赤身が違って、その味の違いを感じながら食べれる♪

そして予想以上に美味しかったのが、たこマヨスティック。
トウガラシのピリッとした辛さがまた合う!!

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角煮めし(坂本屋)
角煮饅にするか迷ったけれど選んだ角煮めし。
ご飯に角煮の味がしみ込んでいて・・・こっちを選んで正解だったなって思うくらいに美味しい♪

そして肝心の試合は・・・

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ディエゴがハットトリックの大活躍!!
徳永にも頑張ってほしい気持ちがあるだけにちょっと複雑な気持ちになるけれど・・・東京戦以外で頑張ってもらいましょう。

それにしても美味しい食べ物を提供してもらっただけでなく、勝ち点3もゲットできて・・・長崎が嫌いになる理由がないね♪
頑張って東京駅に行った甲斐があったって感じだね☆

今日は江戸幕府を支えたヤン・ヨーステンを辿る旅も出来たし・・・いつかは江戸時代の武家屋敷跡などを巡る旅などもしてみたいものだよね。

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=らいおん。=
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